2024年 ゴールデンウイーク講習会レポート
去る2024年4月27~29日および、5月3~5日、毎年恒例となる開門拳社ゴールデンウイーク講習会が開催されました。
今年は5年ぶりに七世掌門人である呉連枝老師と、孟村八極拳訓練センターで教鞭を執られている張楠教練のお二人に来日していただき、前半4月27~29日は「短棍」を、後半5月3~5日には「徒手」を中心に学習することとなりました。
久しぶりにお会いした呉連枝老師は、以前とかわらずお元気そうではありましたが、御年77歳ということもあり、主に張楠教練から指導を受け、要所で呉連枝老師より詳細な解説を賜ることとなりました。
今回はこの特別なゴールデンウイークの報告をさせていただきたく思います。
前半で学習した武器、短棍は「乞丐棍」とも呼ばれており、刀、剣、棍、槍といった八極拳における主要武器の要素が混在した、元来秘伝の武器でした。他の武器が殺傷能力に長けている中、短棍は「不殺の武器」とされており、その用法は行動不能にさせたり、動作を制圧することを主眼としています。
短棍は以前(2012年)、呉連枝老師よりご指導いただいており、前述の短棍の特徴もその際にお教えいただいたものです。当時の言を付け加えるならば、短棍には発力はほぼ不要であること、この武器自体が他の武器を学習した上で行使することが前提となっているため、短棍のみで修練を積むのは難しい、とおっしゃっていました。そこを踏まえての今回の講習会でしたが、いざ始まってみると驚きの連続でした。
1日目、まずは短棍の単式練習を張楠教練よりご教授いただきました。単式練習の種類は全部で18動作あるとのことです。
例えば、打花子ひとつとっても片手で行うもの(単手打花)、両手で行うもの(双手打花)、歩きながら行うもの(行歩打花)等、武器の操作と歩形を組み合わせた様々な単式練習があるのです。これらの18個の動作を身体に刻み込むように何度も繰り返し行い、初日は終了となりました。すべては2日目以降の套路練習のためといえましょう。
余談ですが練習終了後、張楠教練が立っていた床を見てみると、足を移動した跡がくっきりとしかも大量に残っており、張楠教練の凄さを改めて理解しました。
2日目は前日の単式練習の復習から始め、いよいよ套路を学習することとなりました。短棍の套路は他の武器套路に比べても長く、大きく分けて8つの区切りがあるとのこと(八段・八回頭)。動作自体は以前学習したものと「それほど」変わらないというお話だったので、いざ取り組んでみたものの、思っていた以上に「違い」が大きかったです。
動作の順番等は確かに大きく変わっている所はなかったのですが、まず驚いたのは力強さです。
以前習った短棍では「不殺」という前提があるため、棒の先端を使った打撃も精妙に突いていくイメージがありました。しかし今回張楠教練より教わった短棍套路は「不殺とはなんだろう」と思わせるほど一つひとつの動作にパワーが乗っていました。運が良ければ命は助かる、というレベルの。
良い意味でショックを受けたまま練習は続きます。気づけば四段(四回頭)まで進み、そこからはペアを組んでの対棍練習が始まりました。
対棍については自分を含め、多くの方が初めて体験したのではないでしょうか。実際行って感じたのは、短棍という武器の自在ぶりです。防御側の視点では、上や正面から打ち込まれたときの圧のかかり方に驚愕し、下から打ち上げられたときは受け損ねそうなほど視界外から襲いかかってきます。攻撃側としては、思った以上に「伸びる」打撃や突きに戸惑いを覚えました。とはいえ短棍の実用法の一端を学習できたことは実に僥倖でした。
3日目、短棍講習会最終日です。
単式練習からの、前日分(四段)までの復習を行い、この日はそれ以降、最終段までの教習となりました。
五段以降は新鮮な気持ちで取り組めるような違いがありました。個人的に最も違いを感じたのは六段の「左右抜草尋蛇」でしょう。字のごとく棒を左右に振り、藪に潜む蛇を追い出す動作を行うことで相手の足首を狙う、というものだったはずですが、今回見たそれは振るというより、一歩前に出つつ棒を左右に振りぬくという、力の権化のような動作でした。
この段階でようやく自分の短棍への考え方や向き合い方が凝り固まったものであるか思い知らされました。呉連枝老師も張楠教練も、短棍とは本来自由なものであるとおっしゃっていました。ただそれは無軌道に棒を振り回せばいいというわけではなく、八極拳の理にかなった扱い方をしなければなりません。それを実現させるための道筋として、そして短棍の持つ用法の一側面を伝えるために今回のような形になったのではないか。浅薄ながらそのように感じました。
そんな刺激を受けつつ、3日目および前半の短棍講習会は終了しました。戸惑いの多い講習会でしたが、それは決してネガティブなものではなく、いわゆる「わくわくしてくる」といったポジティブな戸惑いを受けるものでした。長い上に複雑な動作もある套路であるが故、普段の練習や、教室での拳友たちとの復習をすべきだ、と心に誓ったのでした。
また余談ですが、度重なる単式練習のおかげで、苦手意識が強かった打花子がほんのちょっと、ほんと少しだけ、やりやすくなったような気がしました。気がしただけじゃだめなのですが…。
5月3日、講習会後半が始まりました。この日から始まる3日間は徒手を中心としたものとなり、日ごとに学習内容が変わるというものです。
1日目で学ぶのは小架一路を中心とした単式練習などです。まずは張楠教練より孟村八極拳訓練センターで行われている練習方法をご教授いただきました。
張楠教練によると、単式練習は歩法と単式動作あわせて17項目あるとのことです。
歩法の練習では、手の動作は付けず、足のみの動作する練習法を行い、徐々に上歩掌や上歩拳へと移っていきました。ここで個人的に衝撃を受けたのは捻歩の練習をしているときに震脚を要求されたときです。今まで震脚動作がうまくできず悩んでいたのだが、今回の練習プロセスを踏まえていくことによって、今まで練習してきたなかで比較的うまくできた(ような)気がしました。当然、完璧に理解できたわけではありませんが、上達の糸口をつかんだように思えました。
その後、小架一路の学習が始まりました。ここで特筆すべきはその練習方法でしょう。初段から動作を学び、最後まで通して練習するスタイルではなく、套路全体を5~6分割し、その分割部ごとで反復練習をすることにより練度を高めるというものです。これには目から鱗が落ちる思いでした。
我々の行う反復練習は、練習したい箇所の前後1~2動作分を切り抜いて行ってきた。それはそれでよい部分もあるのですが、今回のスタイルは反復しやすい箇所で分割することによって、動作が煩雑な部分の練度も上げていく効果があります。
イメージとしては吹奏楽において、特定のメロディラインを何度も反復練習しクオリティを上げ、最終的にそれらを接合してよい演奏にしていく、と考えるとわかりやすいでしょうか。
この日の終盤、呉連枝老師より小架一路について、易経と関連させた理論解説を行っていただきました。易経を用いた八極拳の理論解説は度々なされており、服部先生が今回改めて聞いたところ、この考え方は誰かが確立させたわけではなく、代々受け継がれ、補強されていたということでした。
それを踏まえて、小架一路内に含まれる陰陽の要素(衝天炮ならば陽、閉(地)肘であれば陰、等)、そこから高じて零(ぜろ)から無形に至る64の要素(易経の六十四卦から来ているものと思われます)についての説明も賜りました。
ここまで来ると浅学の身では理解がなかなか追いつかないところではありますが、何もない零(太極)より始まり八卦を重ね無形へ至るのだが、無形は0ではあるが最初の零とは違いすべてが含まれた零であるというお話は印象的でした。
無形に至るまでには両儀・三才・四象・五行といった過程を経て、その中に含まれる意味が(五行であれば金木水火土、それに対応する人体の部位等)、混然一体となり無形を「形作る」のでしょう。渾然一体はまた混沌であり、またそこから何かが生じる…。こう書き出してみると要素の合一こそが核なのではなかろうか、と思考のドツボにはまっていくようです。この無形に関して記した内容は的外れである可能性大なので、一笑に付し読み流していただければ幸いです。
2日目は主に単打・対打を中心に行われました。この日印象に残った出来事はふたつ。ひとつは対打の練習法です。我々が普段教室で練習する対打は、相手と接触して行っていますが、今回教授していただいた対打練習法のひとつに「相手と離れて打つ対打」というものがありました。実際やってみるとこれが難しい。通常の対打であれば、相手からの力を利用して自分の動作を行うわけですが、これはある意味、他人の力に身を任せて(補助動力として)完成形をとっているだけ、と言えなくもありません。ところが非接触対打はそういったごまかしが効きません。自らがどうやって攻めているのか、もしくは防御しているのかを認識して動かなければ双方がぎこちない単打をしているに過ぎません。
これは対打の順番を覚えて、慣れてきた人達にとっては(自分のことですね)取り入れるべき練習法ではないでしょうか。
もうひとつは八極拳における震脚理論、ひいては発力理論の解説を呉連枝老師より教えていただきました。発力において重要なポイントは3つ、すなわち上下の力、内外への捻る力、そして加速力。これらを合一することで爆発力がある一撃を出すことができる、といいます。ここでも合一という言葉が出てきます。いかにこの要素が重要かがわかる内容であり、自分には上下の力が不足しているのでは、という気づきを得るきっかけともなりました。
最終日の3日目は、張楠教練が習得されているという行劈拳を四路まで学習することになりました。以前我々が学んだ行劈拳とは違い、徐瑞才先生より伝授されたものとのことです。そもそも行劈拳は、大きな溜め(蓄)を作ったのちに出る力(発)が強調された勇猛な套路です。今回教えていただいた行劈拳もまた、激しく素晴らしい套路でした。
新しい套路を学ぶということは、参加者皆が同じところからスタートするということです。套路が進むたびに拳友同士で順番を確認したりディスカッションしたり、わからないところは張楠教練に質問し、それらを共有し研鑽していく。その甲斐あってか、一応四路を最後まで学びきることができました。
とはいえまだ付け焼刃程度の習得レベルです。これも個々で練習しつつ、教室などで練度を上げていきたいと思います。
その後、教室で学んでいる対練を改めて教えていただく機会を得ました。長い期間同じ対練を行っていると、ふと「これでいいのだろうか、できているのだろうか」という思いに囚われるのは自分だけではないでしょう。そんな時は服部先生や教練の方々に質問し矯正していただいてはいますが、それでも疑問が完全に払拭されるわけではありません。そのためにも改めて呉連枝老師ならびに張楠教練に教鞭をとっていただいたのです。
個人的に興味を持ったのは三靠臂の練習法です。腕同士を合わせる際、点ではなく面、つまり腕の一部分をぶつけ合うのではなく、腕という部位そのものを面として意識することの重要性を、呉連枝老師に語っていただきました。
打撃という行為はどうしても力が入ってしまう。なので打撃をしあうのではなく、互いの腕をこすりつけあうという認識を持つことが大切と繰り返しおっしゃっていました。
自分も集中力が途切れ、つい打撃寄りになってしまうことがあります。十分気を付けて鍛錬に励んでいきたいです。
以上、計6日間を費やして行われたゴールデンウイーク講習会の報告をさせていただきました。今回の講習会もまた、大きな気づきと衝撃に満ちた刺激的な時間でした。しかし、ただ刺激を受けただけではいけません。それを普段の練習や、教室での鍛錬に活かしていかなければなりません。それこそが自分のために、そして八極拳全体のためになることだと信じて。
最後に、我々への指導のために来日してくださった呉連枝老師と張楠教練にお礼申し上げます。
また、今回の講習会のために尽力してくださっただけでなく、通訳も行ってくださった服部先生に心より感謝申し上げます。
そして、講習会運営に奔走された指導員の皆様、ならびに今回の講習会に参加された方々、本当にお疲れさまでした。
今後ともどうかよろしくお願いいたします。ありがとうございました。
本部教室 新井 |